第2回日米安全保障戦略会議 2003年11月21日
我が国の防衛技術・防衛産業について

自由民主党幹事長代理 久間 章生    

           目  次

前言                       3

日本の防衛技術・防衛産業の意義          4

日本の防衛産業・防衛技術を巡る環境        7

(1)国内的問題                 7

(2)国際的問題〜武器輸出三原則問題〜      9

今こそ政策転換の時〜BMD導入に当たって〜   13

前言

2回日米安全保障戦略会議において、かつて日米の防衛担当大臣としてともに働いたコーエン氏と、ともにスピーチを行う機会を得たことは、非常に感慨深いものがあります。私は、1996年(平成8年)11月から1998年(平成10年)7月まで、約2年間防衛庁長官を務めました。この間、当時のコーエン国防長官と東京で2回、ワシントンで1回会談を行いました。さらに両国の外務大臣・国務長官を交えたいわゆる「ツー・プラス・ツー」という会議でもう2回お会いしています。私は英語が得意ではないのですが、何度も会談を重ねていると最後には、通訳を待たず、コーエン長官の口調から何が言いたいのか分かるようになりました。本日は、昔を思い出し、大いに議論を交わしたいと思っています。

本日、私に与えられたテーマは「日本の防衛技術問題について」ということですが、このテーマをやや広く解釈し、日本の武器に関する政策、日本の防衛産業の位置づけなどにもふれつつ、私の考えを述べたいと思います。

日本の防衛技術・防衛産業の意義

 まず、議論の出発点として、国内に防衛技術を持ち、防衛産業を持つ意義は何なのかについて述べてみたいと思います。最近の軍事技術の進歩、特に米国の軍事技術の進歩、発展には目を見張るものがあります。2001年(平成13年)9月11日の同時多発テロに端を発した、アフガニスタンに対する攻撃、そして今年のイラクに対する攻撃で、米英両国の最新の精密誘導兵器がいかに戦いの帰趨を決めたかは皆さんもよくご存じの通りです。もちろん、最新精密兵器をもってしても根絶できないテロ攻撃、ゲリラ攻撃は存在しますが、軍事技術の持つ意味は非常に大きくなってきているという冷厳な事実は認めざるを得ません。我が自衛隊も日本防衛の任を果たすためには、最新の軍事技術を取り入れた装備を持たなければならないのです。現代の戦争においては、「旧式の装備でも数があればよい。」という理論は成立しません。日本の防衛を全うするためには国内に最新の軍事技術基盤とその技術を活用した装備を作り得る防衛産業がどうしても必要なのです。こう申しあげると「最新の兵器を米国から買ってくれば良いではないか。」という反論がありそうです。しかし、兵器というものは自動車と同じで修理や点検が欠かせません。国内に技術がなければ修理も米国に頼むと言うことになります。しかし、米国の防衛産業も日本だけが顧客ではありません。モデルチェンジをしたり生産を打ち切ったりするかもしれません。また、その装備を使用するのは日本人であり、そして日本の国土の中である、という点を考える必要があります。これは、私が防衛庁長官当時に聞いた話ですが、かつて航空自衛隊が現在の主力戦闘機であるF-15を導入したとき、コックピット、すなわち操縦席が日本人の標準体型では広すぎ、パイロットの足がレバーになかなか届かず困ったそうです。この時は、操縦席に座布団を敷いたりして、いかにも日本人的解決を図ったそうです。余談ですが、私は、高校時代、航空自衛隊のパイロットになることが夢で、実は防衛大学校を受験したのです。しかしながら、無念にも2次試験で落ちてしまいました。防衛庁長官になったときに、防衛大学校長に「私の受験の記録はないか。」と聞いたのですが、「合格した者の記録はあるが、落ちた者の記録は残っていません。」と断られてしまいました。しかし今にして思えば、試験官が私の体型を見て、「こいつでは足が届かない。」と思ったんじゃないか、と思います。つまり、私が防大を受験した1959年(昭和34年)当時に日本人の体型にあった戦闘機が開発されていたら、私は航空自衛隊のパイロットになれたかもしれない、そう思うと防衛技術・防衛産業の重要性を痛感するわけです。まあ、足の長さだけ議論していると若い方に笑われてしまいそうですが、より重大な問題の例として、電波の周波数の問題があります。ご存じの通り、近代兵器は各種の電波を使います。レーダー、ミサイル、航空機等々みな電波を使います。電波に無縁な兵器を探すのに苦労するほどです。しかし、我が自衛隊が総務省から割当を受けて使用できる電波と米軍や欧州諸国の使える電波は周波数に違いがあるのです。従って、外見は同じでも、使用周波数を米軍と変えている装備というのが結構あるのです。こう申しあげると「有事には、多少電波のトラブルがあっても国民は許してくれるのではないか。」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ことはそれほど簡単ではありません。まず、有事に装備を使って戦うためには、普段から訓練をしておかなければなりません。平和時に自衛隊が訓練するたびに電波障害が起こったら、大問題でしょう。また、有事といっても、太平洋戦争当時と違って、国民はテレビ、ラジオ、携帯電話を始め多くの電波を使って、情報を集め生活しているでしょう。旅客機も運航制限はかかっても飛んでいる可能性が高いと思います。そうしたときに電波障害が起きたら、日本社会が大混乱に陥りかねません。こうした事態を生じさせないようにいわば、「日本バージョン」への改修を行うには、日本の事情をよく知っている日本の防衛産業が必要なのです。

日本の防衛産業・防衛技術を巡る環境

 それでは、このように重要な防衛産業は今どのような状況におかれているのでしょうか。私は、国内的な観点と国際的な観点の両面とも、大変厳しい状況にあると見ています。

(1)国内的問題

まず、国内的な問題です。後ほど触れたいと思いますが、日本は大変厳しい武器輸出制限政策をとっています。その結果、日本の防衛産業にとって、顧客は事実上、防衛庁ただ一つです。その防衛庁からの発注額は、実はピーク時の約7割に落ち込んでいます。防衛予算を見るときにはいくつかの指標があるのですが、その中に「正面契約額」という概念があります。「正面」というのはわかりやすく言うと「兵器」ということです。護衛艦や戦闘機を思い浮かべて頂くとわかりやすいのですが、自衛隊の購入する兵器は契約から納入まで長いもので足かけ5年かかります。この場合、実際の会社への支払いは、契約の時に装備の納入までの各年度にどれだけ払うかを決め、残金を兵器の納入の年に、納入と引き替えに支払う、ということにしています。このため、支払額だけをまとめても、その年に何を買うことにしたのか分かりにくいので、「ある年度に発注できる兵器の総額」を防衛庁は財務省と折衝して発表しています。これが「正面契約額」です。この正面契約額は、1990年度(平成2年度)がピークで当時、1兆727億円ありました。ところが、ソ連の崩壊などの国際情勢の変化と我が国の財政事情の悪化、そして防衛庁における人件費の増加という事情を背景に、この額はおおむね横ばい、減少を続け、平成15年度予算では7,630億円とピーク時の71.1%にまで落ち込んでいます。こうした発注額の減少の結果、経団連の調査によると、1995年(平成7年)から2000年(平成12年)の間に、日本の防衛産業の技術者は15%、設計開発技術者は9%減少しているとのことです。無論、防衛産業のみならず、日本の産業には合理化と自助努力が求められています。また、財政再建も喫緊の課題であり、防衛予算がどんどん伸びるということも期しがたいのが現実です。しかし、防衛予算の重要性を考えるときわめて憂慮すべき状況に立ち至っていると言うべきでしょう。

(2)国際的観点〜武器輸出三原則問題

次に、国際的な観点です。先にもふれましたが、皆さんご存じのように日本は大変厳しい武器輸出制限政策をとっています。この政策のために、日本の防衛産業は、欧米の防衛産業と異なり、国際的な装備品開発共同プロジェクトに参加できず、保有している技術力を生かすビジネスチャンスを失っています。そしてそれは、防衛産業の不利益となっているだけでなく、日本の防衛そのものへの不利益にもなっているのではないかと私は懸念しています。この問題に立ち入るためには、現在の日本の政策を復習しておくことが適当だと思います。

 日本の武器輸出制限政策はよく、「武器輸出三原則」と呼ばれます。日本は武器輸出を原則として行わず、米国との間でのみ、ケース・バイ・ケースで武器「技術」を供与するというのがその内容です。しかし、この政策の根拠は、あまり知られていないのではないでしょうか。政策の内容を議論する前提として、この政策の歴史と根拠を御紹介しておきたいと思います。まず、「武器輸出三原則」そのものは、1967年(昭和42年)、佐藤内閣当時に作られた、政府としての方針です。その内容は、「関係法令の政府の運用方針として、@共産諸国向けの場合、A国連決議により武器等の輸出を禁止されている国向けの場合、B国際紛争当事国またはそのおそれのある国向けの場合、には武器輸出は認めない。」というものです。つまり、「三原則」というのは、共産諸国など、三つのカテゴリーの国には武器輸出をしない、という意味でした。逆に言えばこれらの国以外の国への武器輸出は禁止されていなかったのです。この「三原則」は、9年後の1976年(昭和51年)に強化されます。当時の三木内閣のもとで政府統一見解が出されました。この統一見解の中で「三原則対象地域については『武器』の輸出を認めない。」という従来の方針に加え、「三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、『武器』の輸出を慎むものとする。」とされました。これによって、実質的に武器輸出は禁止されました。その後、1983年(昭和58年)に中曽根内閣の時に米国に対してのみ、ケース・バイ・ケースで武器技術を供与すること認めるという変更を行い、現在に至ったわけです。ここで確認しておきたいのは、「武器を一切輸出しない」という政策は、1976年以来の政府の政策であり、今後もこの政策を取り続けるかどうかについては検討の余地があるということです。

 さて、再び防衛産業の現状に立ち戻ってみたいと思います。国際的には、最近多国間の大型装備開発プロジェクトが実行されています。代表的な例としては、米・英・イタリア・オランダ・トルコ・カナダ・オーストラリア・ノルウェー・デンマークの9カ国が実施しているJSF(ジョイント・ストライク・ファイター)プログラムがあります。これは、米軍のF-16戦闘機や英軍のハリアー戦闘機などの後継戦闘機を共同で開発しようというもので、総開発経費240億ドル(日本円換算(1$=110円)で2兆6400億円)総生産機数5,000機という壮大なものです。日本の防衛産業も日本政府もこのプロジェクトには一切参加していません。もちろん、必要のないプロジェクトに参加する必要はないのですが、我が国の場合、すでに述べた武器輸出政策のために、米国以外の国が参加する国際プロジェクトには、本来参加が望ましくても参加がほとんど不可能になっているという事情があるのです。今後世界的趨勢としては、このような多国間プロジェクトが増えていくことは確実だと思います。それは、すでに述べたように、兵器には最新の技術が求められ、その結果、開発経費が非常に多くかかることになるからです。1カ国で最新の技術を有する兵器を開発することは、技術的にも経費的にも不可能になりつつあります。そこで多国間、他企業間のプロジェクトということになるわけです。こうしたプロジェクトに参加の道が閉ざされていると、企業にとってはビジネスチャンスが失われるとともに、最新軍事技術にふれる機会も失われ、企業としての能力も相対的に落ちていきます。これは、きわめて憂慮すべき事態ではないでしょうか。

 今申しあげたのは、最新の軍事技術という問題でしたが、より日常的な問題で、ビジネスチャンスが失われている例もあると聞きます。それは、武器の部品すら輸出できないので、合理的な国際分業に参加できないという問題です。例を申しあげると、ある欧州企業からライセンスを受けて防衛庁向けにエンジンを生産している日本の防衛産業の例です。この欧州企業は日本以外の国にもエンジンを販売しているのですが、コスト削減のためにこのエンジンの修理用部品の生産ラインを閉じて、防衛庁向けにこの部品を生産している日本企業から部品を輸入したいと考えたことがありました。しかし、これは、部品が「武器」に当たるため不可能なのです。もし、この部品の輸出が可能なら、欧州企業はコストが削減でき、日本企業は売り上げが増え、回り回って防衛庁に納める部品の価格も下がることになるわけです。これは経済的・財政的にはきわめて合理的な話ですが、そうしたことも現状ではできません。

今こそ政策転換の時〜BMD導入に当たって

 日本の防衛技術とその防衛技術の母体である防衛産業の抱える課題を述べてきましたが、今年は、これらの課題について、さらにインパクトを与える要素が生じています。それは、防衛庁がミサイル防衛の導入に踏み切り、関係装備品の概算要求を行っていることです。弾道ミサイルの拡散が進行していることは申しあげるまでもなく、我が国周辺でも北朝鮮のミサイルは特に懸念されています。私は、防衛庁長官当時からミサイル防衛に大きな関心を持っておりました。しかし、技術的にはまだ課題も多く、まだ「実現の可能性」を議論している段階でした。私は技術的な難しさを説明するためによく「ミサイル防衛というのは飛んでくるピストルの弾をピストルで撃ち落とすようなものだ。」という表現を使いました。一方、弾道ミサイルの拡散は既に進展しており、私は、将来の重要な課題として庁内でのミサイル防衛の検討を進めさせるとともに事務レベルでの日米協議を加速させました。また日米間で弾道ミサイル防衛が政策的にも重要な課題として浮上してきた時期でもあり、ここにいらっしゃる当時のコーエン国防長官と会談するたびにこの件をいろいろ議論し、日米協力の重要性を確認したことを覚えております。その後、日米間の協力もより具体的になり、私の後任者の額賀防衛庁長官の時に日米で共同技術研究を開始することが合意され、この研究は今でも継続しています。私は、防衛庁長官の職を離れた後も、訪米の際には米国での弾道ミサイル防衛構想の進捗状況を聞く機会をできるだけ持つようして参りました。弾道ミサイル防衛の歴史を知る者の一人として、米国政府が困難な技術的課題をねばり強く克服して、具体的な配備構想にまで漕ぎ着けたことに対し、改めて深い敬意を表したいと思います。また、防衛庁が概算要求に踏み切ったことは、大きな前進であると考えています。正確に言えば、政府としての対応は、今後、安全保障会議における閣僚レベルの議論を経て正式に決定されることになります。しかし、我が自由民主党が先の総選挙で掲げた公約である「小泉改革宣言」の中でも、「防空体制の強化のため、平成16年度予算から弾道ミサイル防衛システムの整備に着手する。」と明記しており、平成16年度予算からミサイル防衛の導入が開始されることは確実だと考えます。これは、大きな前進ですが、同時にこれまで申しあげた防衛技術・防衛産業の問題をより顕在化させるものでもあるのです。

 この点を具体的に御説明したいと思います。第一に、国内的問題です。先程、防衛庁の正面契約額が減少し、防衛産業が衰退の危機に瀕しているという点を申しあげました。ミサイル防衛は、相当大きな予算が必要ですし、また、技術の先進性から考え、米国の装備品やシステムを導入する部分が相当にあります。米国から装備品などを導入するときには、輸入方式とライセンス国産方式が考えられます。私は、防衛産業の能力維持、国内の技術基盤の維持の観点からライセンス国産方式を極力採用すべきであると考えています。実は、9月に防衛庁の概算要求の説明を聴取したときに、防衛庁の担当官に「生産方式は極力ライセンス国産にすべきだ。」と言いました。ところがこの担当官は「先生、輸入方式の方が価格が安い見込みです。この苦しい財政事情の下ではとてもライセンス国産とは言えません。」と言いました。私は彼に「何を言っているか。仮に価格が高くても国内防衛産業の振興や技術基盤の維持に資するなら、それは、予算が高くついても予算が国内にとどまると言うことで有益な予算だ。しかし、米国企業にのみ行ってしまうなら、それは、安くついても無益な予算だ。」とい怒鳴っておきました。しかし、官僚に任せておくと、財務省との交渉の苦しさなどから妥協に走ってしまいがちです。この点は政治家がよく考えていかなければならないと思います。国内的な問題としては、もう一つ、正面契約額をどう考えるかという問題があります。ミサイル防衛関連装備品の取得に関し、国内防衛産業を考慮すべきであると申しあげましたが、他の防衛技術分野はどうなるのか、という問題があります。弾道ミサイルの脅威は確かに日本が国家として最優先で取り組むべき課題です。しかし、忘れてならないのは脅威は弾道ミサイルだけではない、ということです。防衛は欠落機能があってはなりません。バランスのとれた防衛力整備が必要なのです。「一将功成って万骨枯る」という言葉がありますが、「ミサイル防衛成って万骨枯る」では困るのです。私は、ここ10年余にわたり減少を続けている防衛庁の正面契約額を増加に転じさせるべき時が来ていると思います。今年のミサイル防衛の概算要求額は1400億円ほどです。この額を、仮に既存経費の中で賄うとすれば、他の装備品を生産する防衛産業に大きな影響がでることは自明の理です。一方、防衛費の圧迫要因であった人件費は減少に転じており、財政再建と折り合いをつけながら正面契約額を増加させることは可能であると考えます。

 次に国外的な要因について述べたいと思います。先程私は、「私の後任者の額賀防衛庁長官の時に日米で共同技術研究を開始することが合意され、この研究は今でも継続しています。」と申しあげました。「もうミサイル防衛を導入することにしたのに、何を研究しているのか。」と疑問に思われる方もいらっしゃると思います。この点を解説致しますと、日米の共同技術研究というのは、ミサイル防衛システムすべての共同研究ではありません。イージス艦を利用した、海上発射型のミサイルについての研究なのです。今年防衛庁が概算要求したミサイル防衛の中にも、海上発射型ミサイルが含まれていますがこれは、日米で共同研究しているもののいわば一世代前のミサイルなのです。日米共同技術研究の成果は次世代のより高性能の海上発射型ミサイルに結実する可能性が高いのです。現在の武器輸出制限政策の下では、日米間ですら「技術」の供与はできても物、すなわち部品の供与はできません。そうなると、日米共同技術研究の中で日本側が開発した技術で日米が共同生産して、そのミサイルを日米双方で使う、ということはできないと言うことになります。今の政策の下で可能なのは、共同生産したミサイルを日本だけが使う、というものです。日本だけが使うのなら、日本で生産した部品も日本に戻ってくるので、問題がない、ということになるからです。でもこれでは、ビジネスとして成り立つでしょうか。また、日米は緊密な同盟国なのに、そして日本は米国で開発された装備も多数使用しているのに日米共同研究の成果を分担して生産することもできないというのはおかしくないでしょうか。

 私は、日本の武器輸出制限政策は、一部見直してもいいのではないか、と考えています。最低限、同盟国である米国との間では、部品レベルでの武器の構成品の輸出を認めてもいいのではないか、と思います。さらに、多国間の共同プロジェクトへの参加の是非も検討すべきではないでしょうか。現在は、米国への武器技術供与もケース・バイ・ケースで判断されています。部品の輸出や、多国間プロジェクトへの参加も、ケース・バイ・ケースで政府が判断する余地は十分にあるのではないでしょうか。過去を振り返れば、現在より武器輸出制限が緩やかであった時代もあるわけです。この問題は、いろいろな意見があり得るところですが、是非とも議論を行っていきたいと考えています。

 最後に日本の防衛産業にも一言申しあげたいと思います。過去ややもすると日本の防衛産業は、武器輸出制限政策があるが故に、国際競争にさらされず、防衛庁だけを相手にビジネスをしていればいいと言う環境に安住していたきらいがあると思います。しかし、技術の先進性がより重要になり、その一方では財政事情も厳しくなっている現在、やはり真に維持するに足る防衛技術・防衛産業以外には予算を投じることができない、ということになってくると思います。その意味では、防衛産業自身の一層の努力を要請せざるを得ません。この点は是非ご理解を頂きたいと思います。

 ご静聴ありがとうございました。 (了)