「南京虐殺事件は、なかったのでは」関連



 山本善心の週刊木曜コラム〈369号〉20120315

河村市長の南京虐殺発言(2)

                       
時局心話會 代表 山本 善心

 南京大虐殺事件について、当時南京に駐留する外国人も日本人も誰も知らなかった。あとになって中国政府が捏造した事件と分かるようになる。

 南京市と姉妹都市を結ぶ名古屋市の河村たかし市長が、「私も南京市に赴き、みなさまと討論をしたい」と提案。これに対して、中国側は「国際社会の定説で疑う余地はなく議論の余地もない」と一蹴した。

 河村発言で中国側は、3月2日南京で行われる予定だった「日中友好柔道館」の開館二周年記念式典を中止すると名古屋市に通告してきた。南京市が「河村市長は南京大虐殺の事実を否定し南京人民の感情を著しく傷つけた」とのコメントを発表した。同日、中国政府は「南京大虐殺には動かぬ証拠がある」と表明。

 問題の河村発言は、20日南京の党機関誌「南京日報」の一面にわずか280字のみ掲載した。それが翌21日にはインターネット上で「訪日団はこんな弱腰でいいのか」「河村氏は打ち首だ」と河村批判。本当のところは、これらの投稿は中国当局に不満を持つ若者が中心だとの見方もある。彼らの矛先は「本当に南京事件はあったのか」「当局は嘘を教えていないか」「南京大虐殺が嘘なら許さない」等々、河村批判から当局批判に向ける意見もある。中国人民から当局への批判はいつ爆発してもおかしくない状況だ。

中国政府に迎合する日本政府の弱腰

 前号で述べたが、日本の政治・外交は「南京事件を肯定し中国人民の感情を傷つけてはならない」とする見解を示している。例えば藤村修官房長官は「非戦闘員(一般市民)の殺害、略奪行為は否定できない」と言い中国への弁護を怠らなかった。これは中国の歴史観に同調する「村山談話」の継承である。いま、中国側に忠誠を誓う外交姿勢が露骨になりつつある。

 藤村氏のいう「非戦闘員への虐殺」があったとすれば、前号でも述べた「便衣兵」(平服を着た兵士)の処刑を指すものであろう。南京市は、城壁に囲まれており、いったん中に入ると外へ出ることができない。逃げ込んだ中国兵は、便衣兵として軍服を脱ぎ、平民服に着替えて銃器を隠し持ち市民や外国人に危害を加えるなど殺人鬼に変身する。日本軍は「便衣兵」掃討作戦を行い、「戦時国際法」違反の兵士として多くの「便衣兵」を処刑した。

 しかし便衣兵は12月13日から3日間で大勢が処刑・殺害された。その後約4週間後南京人口はさらに増えて25万人とされている。中国外交の特徴は、嘘から始まり嘘で終わることであり、嘘を貫き通すことで最後は嘘がまかり通るとの戦術である。

1970年代後半に突如教科書に登場した南京大虐殺

 最近の中国ネットでは必ずしも日本批判ばかりではない。わが国民を知る中国人は日本人の礼儀正しさや親切心を尊敬している。ましてや日本製品の技術の高さや完璧性、食品表示の安全性に対する信頼性も高い。日本の観光産業では北海道の大自然や古都京都はあこがれの観光地だ。どれをとってもわが国の高い文化と伝統、技術、道徳性は中国人の理想郷である。

 そんな日本人が南京で理由もなく30万人も虐殺するなどありえないとの情報が中国人らに少しずつ浸透し始めている。この問題が表面化すれば中国政府が永年騙し続けてきた化けの皮が少しずつ剥がれていくのが恐い。南京事件が起こったとされるのは1937年であるが、敗戦後40年近く中国の歴史教科書に南京大虐殺の記述はなく、一般的な話題にもならなかった。それが1977年になって突然「新編中国史」に記述され1985年には「南京大虐殺記念館」が建設された。この建設費用は日本のODAから投入されている。わが国の政府外務省は中国を正当化するため物心両面に協力を惜しまなかった。

地方から始まる政治経済の大改革

 河村発言以来、中国人の中にも南京事件は作り話との見方や意見がネットに出始めている。しかし、一方、我が国ネットでは河村発言に対して「歴史を知らない河村氏は市長失格だ」「歴史を勉強して30万人の冥福を祈れ」「歴史に対する冒涜だ」との意見もあった。その一方で、埼玉県の上田清司知事は2月27日の県議会で「なぜ人口20万人の南京市で45万、50万人の虐殺ができるのか。戦時中に出なかった話がなぜ最近になって突然出てきたのか」と疑問を呈した。

 我が国の政治と経済の大改革は、地方から始まると筆者は常々期待していた。歴史認識の問題が地方の首長から指摘されたのは、間違った歴史観を再点検しようとの潜在的なマグマの蓄積が、爆発しつつある兆しではなかろうか。

 わが国政府が他国の国益や、利害のための歴史観に妥協するのは国の魂を売り渡すも同然だ。日本の危機はわが民族の過去の歴史をすべて悪と断罪し他国に同調する従属姿勢にあると危惧せざるを得ない。中国によって作られた根拠なき歴史観を正しいと認める一部の政治家や役人らの軽率さが、日本国民の精神構造をずたずたに切り刻もうとしている。

全世界から絶賛された日本の南京統治

 さて、国連の場で中国側代表が日本の戦闘機が南京上空から中国人民の家に空爆を行い、爆弾を落としたと抗議したことがある。そこには南京事件に対する発言はなかった。その後南京事件を事実であるかのように既成事実化したのは、日中間で合意したとされる対中外交に他ならない。つまり、南京事件はあったかなかったかより日中間政府の“あったとする”暗黙の了解を前提とする歴史観であった。

 南京大虐殺の主犯者と目される指揮官がいるとすれば、松井石根将軍である。松井将軍は南京陥落にあたり軍人に対して南京統治を徹底し管理も厳しかった。

 東京裁判で処刑された松井石根将軍が南京入城式の二週間後、下記のとおり、通達文を出している。「南京デ日本軍ノ不法行為ガアルトノ噂ガアル。入城ノトキ注意シタゴトク日本軍ノ面目ノタメニ断ジテコノヨウナコトハアッテハナラヌ。コトニ朝香宮ガ司令官デアラレルカラ、イッソウ軍規風紀ヲ厳重ニシ、モシ不心得者ガアレバ厳重ニ処断シ、マタ被害者ニ対シテハ賠償マタハ現場変換ノ措置ヲ講ゼラレヨ」とある。これら松井将軍の南京統治は治安の徹底が評価されているが、世界各国のあらゆる著書で絶賛されている。

平行線を辿る日中歴史観協議

 しかしながら松井将軍の努力も報われず東京裁判では中国人の証言が何の検証もされないまま問答無用で採決された。そして、この証言をもとに松井氏は戦犯として処刑されたのは前号で述べた通りだ。戦勝国による不公平な裁判とはいえ、松井将軍にとってはまったく寝耳に水のことであったに違いない。

 南京事件を調べるほど、中国側はなんの資料も証拠もない。ただ嘘ばかりを言うのは「嘘も1千回繰り返せば本当になる」という「諺」を守り伝えている。中国側が南京事件の議論をする前に「日本人が虐殺を認めてから議論しなさい」というのは、議論にならない議論が前提になる。

 中国人歴史研究家らは共産党政権の顔色を伺いながら、言葉を選ぶ。言うことは皆同じで「資料を研究・議論することではなく、日本側が過去の侵略を反省することだ」と繰り返すばかりだ。しかし事実も根拠もない侵略や虐殺に反省する馬鹿はいない。当時の資料を提示しても「そんな事実より、中国を侵略した事実を認めよ」では、中国学者は学者ではなく政治屋である。

歴史は日本民族が営々と築いてきた生きざまであり魂である

 中国は歴史を政治問題の強力な手段と考えているので、歴史的事実の正否はどうでもよく、対日歴史観の捏造は正義の手段と考えている。共産主義者の殺害は正義の手段であって悪いことではない。南京事件は日本を支配下に置く手段として使う唯一の武器であった。

 南京大虐殺は日本が侵略し、南京人民にたくさんの被害をもたらした犯罪であるというのは、中国が世界に向けて発信するプロパガンダだ。中国側の意図に乗せられて報道したり教科書、単行本を書いたわが国の知識人は、いかなる言い訳をしようとも、中国の歴史観に加担し宣伝に一役買った行為は売国奴であり、その罪は大きい。

 毛沢東は周恩来の過去の歴史発言を重視した。周恩来の過去を断罪し、責め立てることで周を支配下に置いた。中国の手段とは、過去が悪であれば現在も悪であり未来は中国の支配下に置く奴隷となる。彼らが言う侵略戦争、靖国神社、南京事件等…中国政府は日本政府に対してこれまで中国発の歴史観を押しつけ威嚇してきた。中国側に従順に振る舞ってきた日本政府や外務省の顔を潰すような河村発言のインパクトは中国に対して大失点である。歴史に対する誇りは日本人の魂であり、日本再生の自主自立精神の始まりだ。我が国が危機を迎える最大要因は、国民と国のリーダーたちによる歴史観を失った教養の衰退に他ならない。


河村たかし発言について 西村眞悟
2012.03.09 Friday name : kajikablog
二月二十日に、名古屋市長の河村氏が、「南京事件はなかった」と市を訪問した南京市共産党委員に発言し、中国外務省が反発し、中共のマスコミが騒ぎ、その中共の反応を見て、日本国内でも「不適切」とか「相手と時を考慮して発言すべき」だとか、ほざいている。

何故か、「南京事件があった」と叫んでいる中共が、「なかった」となると面目丸つぶれだからである。

これと似たような現象があった。一昨年の晩秋、海上保安官の一色正春さんが、中国漁船の我が巡視船に対する突撃の映像を公開したときだ。

この時、こともあろうに、菅内閣の菅と官房長官の仙石は、一色正春さんを、検察を使って罪人扱いした。任意と称して完全な強制捜査を行った。

では、何故、菅と仙石そして外務大臣は、この海上保安庁が撮影した映像を国民に隠していたのだろうか。その理由は、その映像が公開されれば、中共の言っていることが「嘘」だと分かるからである。

中共は、「嘘」を言って被害者面をしていたが実は衝突の加害者であったことが分かっては面目が潰れる。それ故、菅と仙石は、すなわち、総理と官房長官さらに外務大臣は、海上保安庁の映像を隠し中共の「嘘」がばれないようにしていたのだ。

従ってその時、菅内閣の総理と官房長官と外務大臣は、日本国民の為にいたのではなく中共に迎合し中共の為にその「嘘」がばれないようにしていた中共の飼い犬だった。

一色さんが公開した映像と、河村名古屋市長の発言は、共に「真実」なのだから、映像公開と発言それ自体を非難し、批判する者は、論理必然的に、中共の「嘘」に荷担する中共の犬、走狗である。従って、あの映像とこの度の河村発言は、共に我が国内における中共の走狗は誰かを明らかにしてくれた。

相手が「嘘」を言っているとき、映像であれ発言であれ、どんどん公表しなければならない。そうしないと、相手の思惑通り、「嘘」が真実としてまかり通ることになる。


そこで、指摘しておきたいことは、真実を貫くには「覚悟」が必要だということ。何しろ相手の中共・支那は、「嘘を百回つけば真実になる」と思い込んでいる輩であり、さらに「嘘をつきながら武力で脅せば嘘も真実になる」と思っている「力の信奉者」であるからだ。

従って、南京事件が「あった」という嘘を真実にする為に、武力を行使してくる可能性がある。それ故、覚悟とは何か。もうお分かりだろう。

中共の「嘘」に断じて迎合せずに、我が民族と国家の名誉を護ることであり、その為に、中共の「武力」とバランスにおいて均衡しまたはそれを凌駕する「武力」を我が国自身が保有することである。
 
相手は、支那・中共である。騙すより騙される方が悪いと思っていて、嘘をつくことは悪くはないと思っている。そして人のものは自分のものだと思っている。さらに、武力を行使することに関して、狡猾で残忍である。要するに、中国共産党は地球の疫病神だ。

この中共の「嘘」に屈服することは、中共が我が国を属国扱いすることに同意したに等しい売国的行為である。従って、せっかく相手が大騒ぎしてくれているのだから、この機会に、断じて「真実」を貫いて「南京事件はなかった」と世界に鮮明に印象付けるべきだ。

捏造された南京事件--山本 善心

 投稿者:N.Hoshuyama  投稿日:2012年 3月 8日(木)18時50分11秒
山本善心の週刊木曜コラム〈368号〉20120308

河村市長の南京虐殺発言(1)   時局心話會 代表 山本 善心

 2月20日、名古屋市長の河村たかし氏が旧日本軍による「南京大虐殺事件」が事実上なかったとする発言を行った。これは、名古屋市と姉妹友好都市である南京市委員会のメンバーらが表敬訪問された際、河村氏が会談の席上で発言したものである。

河村氏は南京で「一般的な戦闘行為はあった」としたが、「一般市民を虐殺した事実はない」と明言した。さらに南京事件に関しては、「いろいろな意見があり、のどの奥に刺さった棘のようなもの。私も南京に赴き、皆様と討論会をしたい。新たな研究成果も出ている」と持論を述べ、本発言は撤回しない考えを示した。
しかし、日中間では公人が歴史発言を行えば日中両政府の執拗な圧力に屈し謝罪と謝罪文を書き、さらに賠償金を払って一件落着となるのが通例だ。

 中国のマス・メディアは河村発言を激しく非難した。たとえば人民日報系の環球時報は、@河村氏の中国入国を禁止する A名古屋市の観光旅行は取りやめる、との声明を発表。さらに南京市は行政当局の交流は当面中止すべきだと表明した。

 一方、日本政府は、外務省の杉山晋輔アジア大洋州局長がコメントを発表し、河村発言は「日本政府の立場を代表したものではなく、日本政府の歴史認識が変わったわけでもない」と中国側に釈明。さらに藤村修官房長官は22日の記者会見で、「非戦闘員(一般市民)の殺害、略奪行為は否定できない。村山談話以来、政府の姿勢は変わっていない」と中国側の主張に同調した。

中韓の歴史観を鵜呑みにする日本国民の愚

 河村発言に対する政府・外務省の答弁は、わが国が中国に忠誠を誓う従属国家であることを明白にしたものだ。わが国外務省は大勢が親中派であり、事を荒立てず「先送り」「事なかれ主義」が外交姿勢の基本である。中国の反日的歴史観を忠実に同調することで戦争を回避し、民主化を促すとの認識だ。

 中国政府筋は河村氏に「侵略戦争の歴史の真相を否定し、中国の国民感情を傷つけたからには、必ず代償が伴う」と警告した。このような事態を招いたのは、中国の意に沿わない発言者に日中政府の連合体が圧力をかけ、発言者は潰されてきた。つまり、彼らは日本人は歴史は語るな、蓋をしろというわけだ。

 産経ニュースによると「歴史問題をめぐる中国の理不尽な対応は今に始まったことではないが、日本の政府やメディアまでが中国側に立って河村氏を批判しているのは理解に苦しむ」との意見は今わが国民の率直な気持ちである。

捏造された南京事件

 改めて南京事件がどうして起こったのか、振り返っておく必要がある。南京大虐殺問題は東京裁判の法廷で初めて取り上げられ、中国人が公式犠牲者数を30万人と証言したので世界中に大きな波紋を広げた。

 法廷に証人として出廷した中国人は、日本軍が以下の通りの蛮行をしたと証言。

@日本軍は南京落城直後に一般市民である1万2000人の中国人を殺害した。
A占領後、南京市内で一カ月約2万人の婦女子に対する強姦事件が起きた。
B約6週間南京市内で略奪、放火が続けられ、市内の三分の一が破壊された。
C降伏した中国兵捕虜3万人を殺害。
D占領後、6週間で30万人の市民、捕虜が殺害されたと証言した。

 東京裁判ではその証言をそのまま事実と認定した。しかも、虐殺に関わった責任者として、南京市の日本軍総責任者、松井将軍が反論の余地もなく戦犯として処刑された。
しかしこの裁判判決が、戦勝国を正義とするための作られた裁判結果なのは言うまでもない。それ以降、わが国民が捏造された歴史観を、あたかも事実かのように洗脳されてきたのは周知のとおりである。

東京裁判での中国人証言が独り歩き

 これら中国人証言を調査確認もせず、事実と断定したのは日本の戦争を悪と断罪し、米国連合軍を正義の戦争とするためであった。南京30万人虐殺の虚像は、南京を陥落させた日本軍の兵士たちにとってびっくり仰天の知らせであろう。
つまり、調査もせず根拠もない裁判結果であるが、世界と日本国民の大勢はこの裁判で「南京大虐殺」を初めて知り驚いたものである。これらは米中が仕組んで作られた「南京劇場」であった。

 しかし、仮にこれが真実であるとしたら、日本軍兵士らが知らないと言う30万人殺害の真犯人は誰なのか。そして殺されたという中国人民はどこに埋葬されたのか。
しかも当時日本軍の南京陥落後、100人以上駐留していた外国人ジャーナリストたちが、この“大虐殺”事件を一度たりとも報道しなかったのはなぜか。南京大虐殺事件は、この「なぜか」に答えていない。

 戦後、中国側が発表した唯一の証拠品は日本軍の虐殺現場写真を大量に発表・掲載したのである。東中野修道・亜細亜大学教授が、弊会東京例会で写真を詳細にチェックしたが、すべて合成写真であり、インチキであることを指摘。

これらはトリック写真や、中国人が馬賊を殺したもので、写真の出所不明、修整やトリミングが多く、明らかなニセ写真と断定された。それ以後、わが国では使用されていない。にも拘わらず、「南京大虐殺記念館」を始め、中国の到る所でこのニセモノ写真が出回っている。

中国にとってニセモノであろうとなかろうと、南京事件を正当化する必要がない。すでに日中間政府で合意した30万人大虐殺事件であり、政治的意図で作られた歴史観に他ならない。

南京大虐殺は存在しなかった

 当時南京には多くの外国人居留民がいて、ロイター、AP、UPなど大通信社や新聞社の特派員も駐在していた。30万人という規模の大虐殺があったというなら、「死体は累々と積み上げられていた」「異臭に耐えられず」といった世界的ニュースとして取り上げられていたはずだ。しかし、当時の埋葬数は1800名と公表されているが、これは陥落前の兵士の死体とされてきた。

 さらに、奇妙なことには、これだけの大事件であるのに毛沢東元主席が南京虐殺を一言も語ることはなかった。
中共軍が南京政府の蒋介石を批判しても、日本軍への非難はなかった。それどころか、毛沢東は「日本軍のおかげで中共政府が誕生することができた」と日本の社会党議員らに謝辞を述べている。

忠誠より利己心の強い中国兵

 1937(昭和12)年12月10日、国民党政府の首都である南京市を日本軍が攻略し、その翌日に南京は陥落する。これが俗にいう南京陥落だ。そして17日には日本軍は南京市への入城式を行った。では、なぜ日本軍は簡単に南京に入城することができたのか。

 中国軍の最高司令官である唐生智将軍が南京陥落直前に部下を置き去りにして逃げたことも一因である。さらに、指揮官のいない中国人兵士は戦闘状況が不利になるとみるや、戦場から敵前逃亡する事態が続出した。

 これは最近衝突事件を起こしたイタリア観光船の船長が沈没寸前に逃げ出した事件とはわけが違う。唐将軍は蒋介石に最も忠誠を誓ったはずの護衛官であった。

日本の軍則第一条は、「軍人は忠節を誓うを本分とすべし」が徹底されているので、日本兵には考えられない事態である。昔から中国兵は戦況が不利と見れば逃げ出すと言われているが、軍に対する忠誠心がないからであろう。

 中国による万里の長城を見るまでもなく、南京市内は堅固な城壁で囲まれており、南京市の城門に入城すると袋のネズミとなる。南京城内にいた中国兵は日本軍が周囲を塞いだので、城外に逃げられず、一般市民の中に潜り込んだ。彼らは「平服を着た兵士」(便衣兵)といわれ、見つけ次第日本軍によって処刑された。

陥落後に人口が増加した南京

 南京陥落に際して日本軍が徹底したことが二つある。一つは「便衣兵」の処刑である。彼らは銃器を隠し持ち、在留日本人婦女子に危害を加えるからであった。

兵士が平服を着て一般市民になるのは「戦時国際法」で禁じられている。当時の軍の記録によると、南京で起きた市民の殺害は49件、傷害は44名で、これが南京で起こった事件の統計であった。

 なぜ南京は陥落後も治安が安定していたのか。日本軍の松井石根総司令官は、南京陥落後、兵士に対して、「日本軍は外国の首都に入城するのは初めてであるから、諸君は後生の模範となるよう秩序を重んじ、行動すべし」と厳命。松井司令官が南京市内の治安を徹底して統治したおかげで南京市内にいた外国人居留民やジャーナリストの安全が守られたとする感謝の記事が多く残されている。

 南京市内の人口については諸説ある。しかし、南京に赴き、当時の人口調査を行った故村松剛氏(筑波大学名誉教授)は、もともと南京市の人口は20万人程度であったが、日本軍の南京攻撃前は15万人近くが城壁外に逃げたので実際は5万人足らずと述べている。

陥落後、8週間くらいで人口は25万人以上に増加した事実を突き止めた。1988年、日中友好協会のパーティの席上で、会長の孫平化氏が30万人虐殺を公表したが、村松氏ら“そんな事実はない、すぐ訂正せよ”と詰め寄った。孫会長は「その必要はない。30万人という数字は(日中間で)既に決まっている」と答えた。

(続く) 次回は3月15日(木)

http://www.jikyokushinwakai.jp/


◎「南京虐殺発言」緊急国民集会(文京シビック小ホール) 240306 19:00〜 400名参加

弁士発言の骨子

国家斉唱のあと、杉原誠四郎氏(つくる会会長)より開会の挨拶。河村発言を風化させてはならじ!の決意が感じられた。

<名古屋市議>

■藤沢忠将市議(自民)

昨年夏〜今日までの経過を説明。河村市長は終始紳士的に振る舞い、南京市関係者も穏健に対応していたが、

いつの間にか、中国政府の知るところとなり、騒ぎが大きくなった。我々は終始、忌憚なく話し合い、真の日中友好の実をあげようと伝えてきた。そしてこの(議論の)結果は公開しようと伝えてきた。彼らは困ると言っていた。

□山本久樹市議(民主) 中国側は、議論は困ると言ってきた。それは絶対できない。こんなことをやっていると、いつまでも日本人は南京に来ませんよ・・と中国側に言ってきた。

■宇佐美市議(減税日本党・副幹事長) 河村市長の挨拶文の代読

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●阿羅健一氏

当時名古屋第三師団で戦闘に参加した南さんという方(4年前、95歳で逝去)、20年前にお会いしたとき、現地の真実は自分で書くと言われたが、15年後、そのことをあらためて聞くと、「まだです。実は周囲が、あなた(南)に傷がつくから書かないで・・・」と云われ、そのままになっている。20年前は、こういうことを書ける時代の雰囲気があったのに・・・。

○稲田朋美氏

79歳の実父は、名古屋中日新聞などを相手にした街宣活動の最中にいた。以前、百人斬り裁判の弁護を務めたが、日教組はこれをモデル授業に使う、という作為的、売国的なことを行っている。

●潮匡人氏

本当の敵は中国ではない、国内にいる。ユダヤ人を虐殺したと言われるアイヒマンは、その後逮捕され、死刑が下された。時候はない。日本の外交は、こういうことを時候なしでやる“自殺外交”である。もう一歩も引けない。

○大高未貴氏 中国は“パクリ大国”だ。イスラエルのホローコースト記念館の展示に酷似している。中国はマフィアが1億人以上いると言われている国だ。平気でそういうことをやる。

●加瀬英明氏

藤村官房長官は「村山談話を踏襲する」と言った。これは村山談話と関係ない。彼らは自国を中華人民共和国と言うが、人民でも共和国でもないではないか。自由がない社会だからだ。毛沢東による大量殺人を隠蔽せんとする、国民の目をそらそうとする中華帝国の陰謀である。中国は、共産党という貴族の支配する国だ。何が日中友好ですか。

○古賀俊昭氏

日中共同声明は、ポツダム宣言8項を認めるというものだった。巧妙だ。今こそ“敵は何ぞ!”と確認すべし。正しい歴史の事実に目を向けさせなければいけない。

●石平氏

南京虐殺は100%ウソです。私は26歳まで中国にいたが、小学生〜高校生の間、一度として南京虐殺のことは学校で聞いたことがない。80年代になって、日本人が突然たきつけて歴史事実化した。 中国はこれを武器として言い続ければ、自国の大量殺人を隠蔽することができる。私は今年1月、赤ん坊を授かったが、この子たちが、いつまでも殺人鬼の子孫と言い続けられるのは忍びない。全国民のためにも、南京市との友好都市関係を中断する方がベターである。

○西村幸祐氏

中日新聞の河村批判は甚だしい。昔、南京大学と中国社会科学院の教授が私に、「30万人虐殺、あれは政治的数字ですよ」と言われた。こんなことを言って、彼らは大丈夫だったろうか。いつだったか、記念館内部の資料が散逸して大問題になったことがある。記念館建設に日本のゼネコンが関わっていたとも聞く。館内にある大量の遺骨を、全部“年代測定”してみてはどうだろうか?

●福地惇氏

30万人”屠殺!”・・・トンデモナイ言いがかりだ。・・・日本の指導者層にも多くのなりすまし工作員らしき者がいる。本当の敵は、国内に居る。(あらかじめ用意した、含蓄のある文章を読み上げて・・・かなり熱が入っていた)

○水島総氏

大虐殺は21世紀のいま、中国で行われている(チベット、ウイグルなど)。チベットではすでに尼僧20人が焼身自殺をした。南京虐殺の数字はすべて“伝聞”ばかり。当時の虐殺写真といっても、みな、12月というのに夏服を着ていたり、靴といい、背嚢を背負ったり、不自然なものばかり。

平成14年、自分は当時、揚子江岸辺で、中国人の死体片付けをやったという日本人が国内でウソ話をしたことがある。調べてみると、当時彼は南京にはいなかった。しかも、当時(昭和12年)、14歳だったというからデタラメもいいところ。彼は撫順収容所にいた“洗脳兵士”であった。万事がこういう調子の話である。

●富岡幸一郎氏

1985年 南京虐殺記念館に行った、展示内容は嘘八百。2007年には新館もできた。まさにデマゴーグだけのニセ歴史テーマパークであった。なんと中二階のコーナーには、明治天皇のサーベル姿の写真があり、明治天皇まで利用して、大虐殺を演出していた有様であった。断固粉砕しなければいけない!それなのに、2007年 当時の福田赳夫首相は、日中友好などと能天気なことを言っていた。これが日本の悲しい姿であった。

○溝口郁夫氏(資料説明・・・「原爆投下の大罪国が言い出した『南京大虐殺』」)

原爆を落とした理由⇒ Final Victory The week of 6 August hadbeen one of swift and sudden disaster to the nation        which fired the first shot on the series ofconflicts that led to World War!).日本は代償を払わされた⇒Japanwas being made to pay in full for treacheries at Mukuden and atShanghai,at Pearl Harber and atBataan.(南京虐殺はない)

                     ↓
マーシャルの翻訳本が2冊

『勝利の記録』(1946/8/15)⇒三ヵ月後⇒『歐・亜作戦の戦闘報告』(1946/11/30)
     ↓
東京裁判立証段階のウソ情報が、とってつけられた(ウィルソン証人、マギー証人)。

その他

●三輪和雄氏

名古屋駅前、中日新聞の前で、中日新聞を訴えた。今回の騒ぎは千載一遇のチャンスだ。石原都知事は、南京虐殺は所詮なかったと断言している。中国は“引くに引けない”でいる。彼らは強がりで“証拠は山ほどもある!”と言っているでは示してもらおうじゃありませんか。今の今も、何も示されてはいない(ある筈はない!)。

○山際澄夫氏

中国がまともな国! とんでもない。チベット人虐殺に関しても、平気で大ウソをつく。こういうことは、へいちゃらな国である。日本の政治、メディアが、より異常でもある。菅直人が、尖閣問題発生後、国連でコキントウに、恩家宝に何を言ったか!? 自民党員までもが、中国を刺激するなと言っていたではないか!(ハイトーン)

○塚本三郎氏

南京虐殺はおかしいと知っていながら何も言わない日本人が多い。仏教の故事を例にとって、・・・・割愛・・・・我々も釈迦のいのちを狙ったダイダバッタに倣い、中国をダイダバッタと思って、豊かさで堕落し、魂の抜けた自分たちを反省する必要があるのではないか。

●山田宏氏

国際社会に訴えることが必要だ。説得する相手は日本国民ではない。こんな重大問題なのに、なぜ国会議員が沈黙を保っているのか・・・!

○吉田公一郎氏

大村愛知県知事が、県会議員に河村発言に異議を唱えるようと働きかけている。大村知事に対しても我々、真実を伝える必要があるのではないか。

△国会議員12名からの、支援メッセージ 代読

最後

・藤岡信勝氏が、これを全国運動にすべく、賛同署名活動を提案。これは、全国規模で、“大胆に”やってこそ、大きな意味があります!!

・そのあと、つくる会事務局より、決議文朗読、続いて、岡野俊昭氏が閉会の挨拶・・この内容もなかなか、キマッテいた。

        以上(浜田 實)


「日本軍が市民を虐殺してる時、中国軍は何をしてたんですか?」

 投稿者:PB生、千葉  投稿日:2012年 3月 5日(月)16時10分27秒
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成24(2012)年 3月5日(月曜日)通巻第3579号 (読者の声1) 名古屋市の河村たかし市長による「南京大虐殺」否定発言、日本国内ではたいして問題にもならず時代の変化を感じます。

中国側の報復措置も南京市で行われる予定だった日中文化交流(ジャパンウイーク)の中止といったもので、なんとか穏便に済ませたい中国側の思惑が見え隠れ。

中国の反応を探していたら「天涯社区」のサイトに東京新聞のニュース日本語原文と中国語訳、さらに日本のネット世論と中国語訳が載っていました。こんなことまで書いていいのかと心配になるほど日本人の本音を紹介しています。

以下、日本側の反応から。
「よろしい、このままま関係の冷却を続けよう」
「日本軍が市民を虐殺してる時、中国軍は何をしてたんですか?」
「中国軍弱ぇぇぇ」
「むしろ30万人だか殺されたっていう相手国の都市と、姉妹関係だった方がびっくり」
「やりかねないのは中国軍だな 日本軍は一番やらなさそう 」
「当時でいうなら、黄河決壊事件。11都4000村が水没?水死者100万人とか、もう規模が違う」
「しかも目的だった日本軍にはなんらダメージ無しだと言うんだから、マジで自国民を苦しめているだけだ」
「それで現在でも揉め事の種として活用し続ける、その民族性が最低だと気付かない愚かさよ。中国人は、銭金と暴力でしか物事を判断しないから仕方なかろう」
「というか、中国人と朝鮮人は入国禁止にしろよ。あんな犯罪者民族どもは世界から隔離しろ」
http://www.tianya.cn/publicforum/content/worldlook/1/442645.shtml

江蘇省は公務員の愛知県への渡航禁止などと発表していますが、南京市はインチキ記念館の影響で日本企業が進出に消極的なだけにあまり事を荒立てたくはないというのが本音でしょうね。(PB生、千葉)

(宮崎正弘のコメント)南京の例の記念館、小生は改築前と新築後と二回行って、細かいレポートを書いています。それをどの単行本に収録したか、忘れましたが。ともかくご指摘のように日本のマスコミも騒がないのは、いまや大虐殺など無かったことを百も承知だからです。普通ならここぞとばかり河村市長攻撃にまわる朝日も、中日新聞も、いったいどうしたのでしょうね。

肝腎な時に姿も声も出さない日中友好7団体

 投稿者:品川 阿生居士  投稿日:2012年 3月 4日(日)18時23分34秒
河村たかし名古屋市長の南京事件に関する2月20日の発言の前、17日に日中友好7団体会長が国交40年記念行事のために6年ぶりに訪中したという記事があった。

それによると、北京の人民大会堂で、中国側の中日友好協会、中華全国青年連合会など対日民間6団体幹部と会議を開催して、「民間友好の優位性を発揮し、絶えず戦略的互恵関係の内容を充実させていく」との共同コミュニケを発表し、また、その後7団体会長は共産党序列4位の賈慶林全国政治協商会議(政協)主席と約1時間半にわたり会談。

賈氏は、友好の伝統や戦略的互恵関係を重視するとともに、歴史・台湾・尖閣諸島問題などを念頭に「矛盾や敏感な問題を適切に処理する」重要性を提起したという。

それはそれで佳いことだが、何時も不思議に思うのだが、日中関係が思わしくなかったり険悪なときには、これらの日中友好7団体というのはどこに居るのか姿を見せず声も出さない。

尖閣列島近海での中国漁船の巡視船に対する衝突事件のときがそうであったし、今回の河村発言の後もそうである。

極論すれば、お天気の佳い時だけの握手と乾杯専業の団体のように見えてならない。素人目には、こんな時だからこそ双方の事情をよく知る友好団体として格別の動きがあって然るべきだと思うが、どうだろうか。

ちなみに、日中友好7団体の名称と代表者の氏名を掲げておく。
「日中友好協会」(会長・加藤紘一自民党元幹事長)
「日本国際貿易促進協会」(会長・河野洋平前衆院議長)
「日中友好会館」(会長・江田五月元参院議長)
「日中友好議員連盟」(会長高村正彦元外相)
「日中協会」(会長野田毅元自治相)
「日本中国文化交流協会」(会長辻井喬氏)
「日中経済協会」(会長張富士夫トヨタ自動車会長)

「南京虐殺目撃証人」は一人もいなかった」

 投稿者:梅岡 弘  投稿日:2012年 3月 3日(土)10時13分43秒
   先月20日の河村名古屋市長の「いわゆる南京事件は、なかったのでは?」という発言が日中双方で波紋を呼んでいます。そんなときに、事件当時に南京にいたアメリカ人の宣教師たちの手紙などの第1次資料をまとめた著作の内容を紹介する資料が送られてきました。この資料は、A4で33枚とかなり分量があるものですが、それだけに事件の真偽に迫るものです。

平成24年3月2日 Dear 梅岡 弘 様

『Eyewitness to Massacre』(虐殺の目撃証人)という本がアメリカでM.E.シャープ社から出ています。サブタイトルは「南京における日本軍の残虐行為の目撃証人のアメリカ人宣教師」となっています。

この本はエール大神学図書館に所蔵されている、南京にいた宣教師10人が家族や友人に送った手紙などの資料をまとめたものです。

宣伝目的が希薄な本音の記録と見ることができますので、もしここに日本軍の虐殺行為が具体的に記されていたとすると、有力な虐殺証拠となってきます。

しかし、案の定といいますか、よくよくこの記録を確かめて行くと、この手紙の中に只の1件も虐殺を目撃したという事が出てこないのです。

松村俊夫さんが検証し、その結果を文章にまとめたものが、「アメリカ人の「南京虐殺目撃証人」は一人もいなかった」です。

 http://hassin.org/01/wp-content/uploads/NO-AMERICAN-J.pdf

この論文の大要は『正論』2月号、3月号に「南京の平穏を証明するアメリカ人宣教師たちの記録」と題して掲載されました。

アメリカ人が決定的な南京虐殺資料と思いこんでいた資料が、実は南京虐殺はなかったことの決定的な証拠となったわけです。

河村名古屋市長が「南京戦はあったが、虐殺があったとは思えない」といわれているのは全く正しいことです。有力な応援資料となると思います。

この英文訳を発信する会のサイトに掲載し、下記の通り、海外のマスコミ、学者、他400名ほどにEmail 発信しました。
      「史実を世界に発信する会」事務局長  茂木弘道

No American Winessed the Nanjing "Massacre"There is a book titled "Eyewitness to Massacre: American Missionaries Bear Witness to Japanese Atrocities in Nanjing" published by M. E. Sharpe.

It is a compilation of personal letters written by ten Americans living in Nanjing after the fall of Nanjing to relatives.

However, the book is misleadingly titled. Mr. Matsumura comprehensively examined the letters and concluded that none of the Americans personally witnessed the Japanese murdering, raping or looting, even as they freely traveled around the city.

The book is true evidence that "no massacre" was committed by Japanese troops in Nanjing, in sharp contrast to its title. Mr. Matsumura's essay presents this fact as follows.*Summary:

 http://www.sdh-fact.com/CL02_1/85_S2.pdf*Full text:
 http://www.sdh-fact.com/CL02_1/85_S4.pdf

Questions are welcome.Sincerely,MOTEKI Hiromichi, Secretary Generalfor KASE Hideaki, ChairmanSociety for the Dissemination of Historical Fact

Phone: 03-3519-4366Fax: 03-3519-4367
Email moteki@sdh-fact.com
URL http://www.sdh-fact.comNote:
Japanese names are rendered surname first in accordance with Japanese custom.

「南京大虐殺の大ウソ」、など

 投稿者:品川 阿生居士  投稿日:2012年 2月29日(水)12時10分46秒
事が対中や対韓の外交問題になると大方の政治家の発言やマスメディアの論調がなぜか湿りがちになる。反面ウエブサイト上では骨っぽい論考が多く飛び交う。この対比は皮肉である。読者には蛇足かもしれないが、河村発言に関連して注目される論考を見受けたのでお知らせする。

★福島香織 河村市長“南京事件発言”を考えるー政治としての歴史認識問題
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20120228/229219/?mlp

★石平(せきへい)のチャイナウォッチー「河村名古屋市市長発言問題」での中国メデイアの卑怯
http://archive.mag2.com/0000267856/20120227102004000.html

★鍛冶俊樹 軍事ジャーナル【2月27日号】南京大虐殺の大ウソ
http://melma.com/backnumber_190875_5502076

【ネット世論調査】河村市長の南京事件をめぐる政治姿勢

 投稿者:NSR  投稿日:2012年 2月28日(火)11時47分35秒
多くの方の投票をお待ちしています。開票状況もご覧になれます。

http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/quiz/quizvotes.php?poll_id=7601&qp=1&typeFlag=1

http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/quiz/quizvotes.php?poll_id=7601&qp=1&typeFlag=1


、「南京事件の真実を検証する会」

 投稿者:N.Hoshuyama  投稿日:2012年 2月27日(月)12時25分35秒
中国が傲慢にも河村名古屋市長の当然の正しい発言にいちゃもんをつけてきていますが、全く愚かなことです。なぜなら2年前に胡錦涛主席が来日した折に、「南京事件の真実を検証する会」(会長:加瀬英明)が中国文の公開質問状(下記に添付)を中国大使館を通じて送っていますが、彼はこれにこたえていないからです。

これは中国語、日本語、英語で発信する会のサイトに掲載され、世界各国のアジア関係学者、マスコミ、大使館関係等4000名ほどにメール送信もされています。

お読みになればおわかりのように、これを読んでまだ「南京虐殺があった」と考える人がいたとしたら、その頭の構造を疑いたくなるでしょう。

決定的なポイント5点についてどうにも答えられない、というのが中国の側の事情であることがよく理解できるかと思います。

読者の皆様にお願いします。この文書を使って、河村市長の応援活動を是非実行してください。

既に「新しい教科書をつくる会」(藤岡元会長は検証する会の事務局長)のメルマガでこの公開質問状が発信されていますが、有効活用が出来るかと思います。

特に大村知事、藤村官房長官にはこれを送り、「あなたはこれに反論でも出来るのですか」と迫ってみるのはどうでしょう。それぞれのお立場で、メールでもいいですし、ファックスでもいいですし、手紙でもいいですし、電話でもいいですし、はては面談でもいいですし、それぞれ可能な方法で、これを活用して糾弾活動を展開していただければとお願いする次第です。
    平成24年2月24日
       「史実を世界に発信する会」事務局長 茂木弘道拝
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胡錦濤国家主席閣下への公開質問状

このたび中華人民共和国国家主席胡錦濤閣下のご訪日に当たって、日中両国の友好を願う者として心より歓迎申し上げます。

 さて、われわれは1937年12月に行なわれた日中南京戦に伴って起こったとされる所謂南京事件を検証すべく、研究して参りましたものです。貴国のこの事件に対する見解とその取り扱いにつき、深刻な憂慮を感じております。

昨年南京屠殺記念館が大規模に拡張改装されましたが、一方で友好を唱えながらこのような非友好的なことを平然と行なう貴国に対して強い不信の念を感じざるを得ません。

そもそも南京で大虐殺があったという論拠は最近の研究によって根本的に否定されつつあります。以下重要な5つのポイントについて閣下のご見解を伺いたく、謹んでご質問申し上げます。

一、故毛沢東党主席は生涯にただの一度も、「南京虐殺」ということに言及されませんでした。毛先生が南京戦に触れているのは、南京戦の半年後に延安で講義され、そして『持久戦論』としてまとめられた本の中で「日本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」という批判のみです。30万市民虐殺などといういわば世紀のホロコーストとも言うべき事件が本当に起こったとすれば、毛先生が一言もこれに触れないというのは、極めて不自然で不可解なことと思います。閣下はこの事実について、どのようにお考えになられますか?

二、南京戦直前の1937年11月に、国共合作下の国民党は中央宣伝部に国際宣伝処を設置しました。国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によりますと、南京戦を挟む1937年12月1日から38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300回の記者会見を行い、参加した外国人記者・外国公館職員は平均35名と記録されています。しかし、この300回の記者会見において、ただの一度として「南京で市民虐殺があった」「捕虜の不法殺害があった」と述べていないという事実について閣下はどのようにお考えになられますか。もし本当に大虐殺が行なわれたとしたら、極めて不自然で不可解なことではないでしょうか?

三、南京安全区に集中した南京市民の面倒を見た国際委員会の活動記録が『Documents of the Nanking Safety Zone』として、国民政府国際問題研究所の監修により、1939年に上海の英国系出版社から刊行されています。それによりますと、南京の人口は日本軍占領直前20万人、その後ずっと20万人、占領1ヵ月後の1月には25万人と記録されています。この記録からすると30万虐殺など、到底ありえないとしか考えられませんが、閣下はいかがお考えでしょうか?

四、さらに『Documents of the Nanking Safety Zone』には、日本軍の非行として訴えられたものが詳細に列記されておりますが、殺人はあわせて26件、しかも目撃されたものは1件のみです。その1件は合法殺害と注記されています。この記録と30万虐殺という貴国の主張とは、到底両立し得ないと考えますが、閣下はいかが思われますか?

五、南京虐殺の「証拠」であるとする写真が南京の屠殺記念館を始め、多くの展示館、書籍などに掲載されています。しかし、その後の科学的な研究 (『南京事件の「証拠写真」を検証する』(東中野他・草思社)など) によって、ただの1点も南京虐殺を証明する写真は存在しないことが明らかとなっております。もし、虐殺を証明する写真が存在しているのでしたら、是非ご提示いただきたいと思います。そのうえで検証させていただきたいと思います。

以上述べました5つの点は南京で大虐殺があったなどということを根本的に否定しているものとわれわれは考えざるを得ません。上記5つの点につきまして、閣下のご見解を承ることができれば幸いです。この問題は多くの日中国民の関心事と考えますので、公開質問状として提出させていただきます。子子孫孫までの日中友好を願うものとして、閣下のご高配を、衷心から期待しております。
           平成20年5月5日
           南京事件の真実を検証する会委員一同
(会長)加瀬英明 (事務局長)藤岡信勝 (監事)冨沢繁信 茂木弘道
(委員)阿羅健一 上杉千年 小林太巌 杉原誠四郎 すぎやまこういち
高池勝彦 高山正之 西村幸祐 花岡信昭 東中野修道 溝口郁夫 宮崎正弘

「名古屋への旅行ボイコットせよ」 河村市長発言で中国側が反発

 投稿者:N.Hoshuyama  投稿日:2012年 2月27日(月)11時53分25秒
J-CASTニュース 2月24日(金)19時22分配信

名古屋城は中国人観光客にも定番のスポット

 名古屋市の河村たかし市長が、旧日本軍による「南京大虐殺」を否定する発言をしたことで、中国側からは反発の声が高まっている。

 発言内容そのものへの批判に加えて、名古屋への観光旅行をボイコットするよう促すメディアも出てきた。

■1978年以来の「友好都市」の交流を凍結

 中国メディアはここ数日、河村市長の発言に対する批判を強めている。中国・南京市の訪問団に対して河村市長が、南京大虐殺について「なかったのではないか」と独自の見解を述べたためだ。

 中国の「新京報」(電子版)は2012年2月23日、南京市が名古屋市との「友好都市」としての交流を当面凍結すると決定したことに関して「中国外務省が『断交』を支持」と報じた。両都市の関係は、1978年以来続いている。名古屋市に問い合わせると、「南京市の公式ウェブサイトで発表されていることは把握している」と話し、現在は担当者レベルで話し合っている最中だという。

 名古屋の観光産業にも影響が出るかもしれない。中国のインターネット上の書き込みや一部の新聞には、「名古屋への観光旅行をボイコットしよう」との主張が見られるという。2月24日付の朝日新聞によると、中国共産党の機関紙「人民日報」系の「環球時報」が23日の社説で、中国のすべての日本ツアーは名古屋を避けるべきだとの提言をしたという。既に一部の旅行会社では、日本の旅行ツアーの募集とビザの手続きを停止したり、名古屋を除外したツアーを組んだりという措置を取り始めたと報じた。

 政府観光局(JNTO)によると、2012年1月に中国から日本を訪れた人数は13万8400人で、前年同月比39.6%増。2011年は東日本大震災以降、一時訪日中国人が激減したが、11月以降は連続して前年同月比で30%台の増加が続いている。これは名古屋でも同じで、市の観光推進室に取材すると、「中国からの観光客が増加傾向にある手ごたえはあります」と話す。名古屋の空の玄関口である中部国際空港は、北京や上海、香港など11都市との間で中国路線が結ばれている。東京から来た中国人客が京都や大阪に向かう途中で立ち寄るケースもあり、名古屋城やトヨタ博物館を見物したり、電化製品を買い物したりして楽しむ人が多い。

■「怒っているポーズ」を示す反応にとどまっている

 河村市長の発言を受けて、中国からの観光旅行が急きょ中止になったという報告は、2月24日午前の段階では入っていないと観光推進室は説明する。とは言えデリケートな問題だけに、市側としては「これまでどおり、日中の友好関係を軸に交流が続くことを望んでいます」という。観光客の増加による経済効果の期待もあり、「名古屋ボイコット」が広がって観光産業が打撃を受けるのは避けたいところだ。

 中国事情に詳しいノンフィクション作家の安田峰俊氏は、「あくまで現時点までの情勢を見る限りでは」と前置きしたうえで、「日中関係に深刻なダメージを与える事態には発展しないのではないか」と予測する。これまでの中国側の動きを追う限り、河村市長の発言に対して「怒っているポーズ」を示す、様式美的な反応にとどまっているというのだ。

 一部の中国の旅行社が日本ツアーを取りやめる決定を下した点も、「予測できる反応でしょう」と安田氏。ただ、日本に旅行できるほどの経済力をもつ豊かな中国人については、「震災や原発問題のように、自分の生命に危険が及ぶ理由があれば、彼らはすぐに逃げます。ただ、『河村発言』のようなイデオロギー的な理由で、自分たちが楽しめる日本観光をわざわざ中止するとは考えにくいのでは」と話す。

 事態は基本的には徐々に鎮静化していくだろうと見通しを安田氏は持つ。だが、「中国は一党独裁国家。今回の件が現在以上の大問題になるか否かは、結局は中国当局の『ご機嫌次第』というところでしょう」と語る。

河村市長発言に賛意=南京事件で−石原都知事

 投稿者:N.Hoshuyama  投稿日:2012年 2月25日(土)10時34分16秒
東京都の石原慎太郎知事は24日の記者会見で、河村たかし 名古屋市長が1937年の南京事件を否定する発言をしたことに ついて、「河村市長の言うことは正しい。彼を弁護したい」との 考えを明らかにした。

知事は「当時あれだけの装備しかない日本軍が、あれだけの期間に (中国が主張する)40万人を物理的に殺せるわけがない」と述べ、 大量虐殺はなかったとの認識を示した。

また、自身を党首とする新党構想に関連し、「私が参加するなら 憲法破棄を持ち出す」と述べ、新党を立ち上げる場合には、綱領に 現行憲法の破棄と新憲法の制定を盛り込む意向を表明した。

知事は「主権を奪われた国が占領のためにつくられた憲法を 中心とする法律体系を独立した後でも続けることは、歴史的に 正統性がない」と語った。 2012/02/24(金) 19:19:18.84